作文・小論文 Part1

公立高校の入試が近づくと、生徒から作文の相談や添削の依頼が増えてきます。小学校・中学校で感想文や作文、日記など、“文を書く”ことに慣れている”はず”なのに・・・入試の条件作文を一発で理路整然たる文章に書き上げる生徒は一握りです。

すぐに条件作文を書ける生徒に対して、「文章書くことが得意だ」や「文才がある」と一括りにまとめて切り捨ててはいけません。なぜなら、条件作文は練習次第で書けるようになるからです。

条件作文には「型」があります。「型」通りに練習を数回繰り返すことで、(体感ですが)8割の生徒は、採点可能な作文に仕上げるようになります。残り2割の生徒は、しばらくの間、作文の迷路に入り込みます。つまり、言いたいことを詰めすぎ、何を主張したいのかわからない文章を書きます。

どのような生徒がこういう状況におちいるのでしょうか。たとえば、普段から書いているから」や「いつも通りに書けばいいや」などと考える傾向の生徒がいます。こういった、悪くいえば「なめている態度」や「斜に構えた態度」をとっている生徒ほど、作文の迷路に入り込みやすいのです。だからこそ、「型」にはめた練習が必要です。そして、日常に近いものほど、一度距離を置かなければなりません。やはり、勉強には、「素直さ」や「我慢強さ」がついて回ります。

正しい「型」を練習し、それができるようになってから「自分らしい」作文を書けるようになります。我々は、その道にたどりつき、外れないようにするような指導を心がけています。

なぜなら、条件作文の先には「小論文」や「論文」といった、いわば「相手を納得させる」文章が待ち構えているからです。

〜つづく〜

万人受けは目指しません!!

141207_2223

写真のメモは、開校当初、場所も無い時に入塾してくれた、当時小5の生徒が書いたものだ。

「塾がもうかったらUSJに連れていってもらう」しかも「J」とひらがなの「し」を間違えている。「ここの塾にはイベントは無いの?他のところは色んなことやってるよ!」耳にタコができる程言われた。最初はこんな状態だった彼らも今や中2。

 

彼らはもう分かっている。当塾が絶対にイベントをやらないということを。それをやっている程暇ではないし、それで生徒の気を引くつもりも毛頭ない。それに授業だけで満足していただけていることを確信している。当塾のイベントはあくまでも毎日の授業とその空間を通じての講師と生徒のコミュニケーションだ。講師は1回1回の授業に全力を投じ、テスト前には徹底的に自己犠牲を払う。

 

普通は、低学年になればなる程「楽しさ」を追求しがちだ。勿論、生徒の興味をひいたり、塾に来るのが楽しみになるといった点では良いことだと思う。

しかし、当塾は逆だ。低学年のうちにノートの取り方、姿勢、勉強法を徹底的に仕込む。例えば、英語一つをとっても「this」を「これは」とは教えない。応用が利かなくなるからだ。しっかりと「型」にはまった後に、本当の「楽しい授業」が待っている。中学生の授業では、基本的に5分に1回は笑いが起きる。当塾を「楽しい」と言ってくれている生徒は「規律と統制」という枠組みの中で塾生としての毎日を楽しんでいる。高校生は単に丸暗記ではなく、納得した上での解法を導くべく日々、講師も奮闘している。

 

したがって、当塾は万人受けを目指さない。

目先のことに走らず、お客様との永いお付き合いを通して確固たる信頼関係を築き上げる。

 

高校生の模試結果や体験記を見れば一目瞭然である。
https://www.kougakukan-k.jp/taikenki/?paged=2&cat=10

信頼を得るということ~経験談より~

高校を退学して、大学受験を決意し、最初に就いたのが新聞配達のアルバイトだった。

 

毎年この時期は、その時のことを思い出す。冬は寒くて、いつも手がひび割れを起こしていた。そして、参考書を開く時、関節を曲げるたびにパックリ割れて、「なんで自分はこんな事してるんだろう」といつも自己嫌悪に陥っていた。

 

バイトを始めて2か月くらいたったある日。4時に出勤して、配る新聞にチラシを入れる作業を手伝うように店長に言われた。通常は4時30~5時くらいの出勤だったので、「めんどくさいな」と思いつつ、やることにした。そして、それを始めて最初の給料日。明細を見ると、「特別手当¥2,000」と書いてあった。「この¥2,000は何ですか?」と尋ねたら、「水野君は毎日4時に来てチラシを入れるのを手伝ってくれたから、その手当だよ」と言われた。それがどれだけ嬉しかったか、今でも鮮明に覚えている。

 

恥ずかしい話、それまでの18年間の人生において、親以外の人に認められたことは多分無かった。そして、これが生まれて初めて「人から認められた、信用を得た」という小さな成功体験になった。結局、それ以降も一日も欠かさず4時出勤を続けた。

 

信用を得たければ、第三者から認められなければ意味がない。例えば、「頑張ってるのに成績が伸びない」という中学生。はっきり言って頑張ってません。頑張ってるかどうかはこっちが決めます。

 

「親が私立大学に反対する」という高校生。自分が勉強を必死にやっている姿を保護者の方は知っていますか?もし、本当に必死にやっている姿を認めてもらえたなら、応援しない親はいません。それでも無理なら、自分で奨学金について徹底的に調べて下さい。それもせず、現状から抜け出せないのは、ただの怠慢です。

 

ちゃんと講師の指示通りに寸分の狂いもなく言われた通りのことを実践して下さい。外見が変えれない人間は絶対に中身は変わりません。

 

だから、いつも生徒にはこう言うことにしている。「根拠も無く、そのための努力もしない者が描く無謀な夢は全力で叩き潰す。無謀な夢=怠け者の逃げ道だ」と。

外見が変われば中身も変わる

ある高校生から、全国模試の数学の偏差値で78を獲ったと報告を受けた。(大学でいうなら早稲田・慶応合格圏内レベル)

その生徒に限らず、開校当初からいる塾生たちの入塾当初は目も当てられない状況だった。

塾内でものは食べる、お菓子のゴミを捨てる、塾帰りに寄り道はする、補習はサボる、まっすぐ座っていることすらできない…

 

小6の終わりからの付き合いになるが、出会った頃は、無断遅刻は当たり前、挨拶もろくにできないような生徒だった。

 

当塾には、いわゆる「できる子」は集まって来ない。前職時代はこんなことはなかった。ほっといても「看板」の力で勝手に「できる子」が集まってくれた。それを自分の力量だと錯覚し、調子に乗っていただけだという自らの愚かさも身に染みて感じた。

 

「できる子」をダイヤモンドに例えるならば、誤解を恐れずに言わせていただくと、彼らは、「その辺の道端に転がっている石ころ」だ。

 

だったら彼らを「できる子にしよう」と心に決めた。石ころをピカピカに磨くため、徹底的に彼らと「泥臭く」付き合っていくことにした。「人間は外見が全て」ということを一つ一つ説いた。宿題は厳しくチェックし、なおかつ授業は面白く、分かりやすく、深く。改めて授業案を練り直した。あれから3年半以上が経過した。今や彼らは入塾当初とは完全に別人間になりつつある。しかし、まだまだ精神年齢は中学生レベルなので、もっともっと深くお付き合いさせていただく。

 

そして、今日も高2生が嬉しそうに「英語がクラスでトップだった」と学校帰りに塾に寄ってくれた。第一志望の大学の英米科も見えてきた。

 

だから、今の彼らだけを見て、「すごい」「成績がいい」と言うのは筋違いだ。ここまで来るのに3年半を要しているのだから。そして、いつの日か彼らに、「水野があんなに偉そうにできるのは俺達が塾に入ってやったおかげなんだぜ」と言ってもらえる日が来るまで、お客様に向かい合い続けます。

小手先の方法よりも大切なこと

作文の下手な生徒がいる。小手先の上達法を教えても一向に上達しない。

要因は、「文章が下手」以前に「自分の気持ちを上手に表現できない」ことにある、と考えた。そこで荒療治に出ることにした。

数名の作文力の乏しい生徒にある課題を課した。

それは、塾での休み時間に全員の生徒とコミュニケーションを取ること。

「男女・中学を問わず、片っ端から色んな生徒に話しかけて会話をしなさい。そんなことではアルバイトもできない。社会に出てから良好な人間関係も築けないぞ」

 

何も生徒をいじめているわけではない。

私は、「目の前のテストの点数が上がればいいわい」といった感覚で生徒には接していない。

余計なお世話だが、入塾の面談の際に、「この子は甘やかされて育ったな」「この子は将来苦労するだろうな」など、その生徒が5年後・10年後にどうなるのか?まで考えてしまう。サラリーマン講師でない同業者の方ならお分かりいただけると思う。

 

様子を見ていると、会話の節々に「助詞」や「目的語」がなく相手に自分の意図が伝わっていない。それを逐一指摘して、作文に反映させた。さらに、周りの生徒たちも彼らと一緒に会話を楽しんでいる。今、通塾していえる生徒はほとんどが開校1~2年目に入塾してきた。この一体感は前職時代には味わうことができなかった。

 

そして、彼らの作文も少しずつではあるが、改善のきざしが見られてきた。

あくまでも頑張るのは生徒。

高校入試まであと数か月、全力でサポートします。そしてその先も責任を持って指導させていただきます。