今日から本格的に中1・2生の期末テスト対策が始まった。
それが終わると今度は高校生の学年末、中3生の高校入試、息つく間もなく日々か過ぎていく。毎年のことだが…
ふと、玄関に目をやって驚いた。特に指示をしたわけでもないのに、下駄箱に入りきらなかった生徒の靴がしっかりと並べられている。もちろん、生徒たちが各自でやったことだが、感慨深いものを覚えた。
思えば、開校した当初の小学生はひどいものだった。
塾内でお菓子を食べようとする、食べ物のゴミを捨てようとする、階段を四つん這いになって登る、リュックはチャックが空いた状態でやって来るetc.
最初の数か月は常に授業の冒頭は「諭し」から始まった。前職時代は、一つの校舎に講師が複数名在籍していたので、「叱る人」「フォローする人」「楽しませる人」など、きっちり役割分担が可能だった。
ところが、この規模の塾だとそうはいかない。全ての役目を一人で担わなければいけない。
ある時は「生徒を頭ごなしに叱りつけるヒステリックな講師」ある時は「最高に分かりやすい授業をする講師」また「親身にお客様の相談に応えるカウンセラー」さらには「精神年齢が小学生並みのアラフォー」一人で何役も使い分けた。
この4年の間で自分自身も成長できたと思うし、授業もさらに洗練されている。今日の中2の理科の授業も大盛況だった。昨日の高2の英語も十分理論的に大学入試の過去問を解説できたと自負している。これは自惚れではなくて確信だ。なぜなら、生徒以上にこちらが一コマの授業に対して、「失敗したら明日は一人も生徒が来なくなるかも知れない」という想いで臨んでいるからだ。そのための努力は、前職時代の比ではない。
先に述べた「人並み以上に手のかかる生徒たち」も今や中3生。そんな彼らが今や、「僕は高校に進学した後、○○大学に行きたいです」と自信を持って答えてくれたりする。
この4年に渡る生徒とのやりとりも決して無駄では無かったと改めて思った。講師の立場からすると、ここでしか味わえなかった感覚だ。
生徒の成長は大人が望むようなスピードでは進んでいかない。こちらの思い通りにいくと思ったらそれは思慮が浅いと言わざるを得ない。たとえ他者が諦めても、当塾の講師は諦めない。今の自分を何とか変えたい、と望む者であれば、今の勉強の出来などどうでもいい。
全力でサポートしていく。